家族信託を認知症対策として利用する場合、その対象となるのは財産管理に限られます。
親子間の家族信託であれば、親の財産管理を子が行うわけですが、実際には子は親の財産管理だけをしていれば良いというわけでもありません。
親が病気やケガで入院したり、在宅生活が難しくなって老人ホーム等に入所することになった時に、親が認知症になっていたとした場合、家族信託で親の財産管理をしているから(受託者だから)という理由で入院の際の医療契約ができるとか、老人ホーム等の入所契約ができる訳ではありません。
実際には、親が病気やケガで入院したり、在宅生活が難しくなって老人ホーム等に入所することになった時には、子が親族としてこれらの手続きを代行することことが多いと思います。病院や老人ホーム等の施設側も家族が手続きをしてくれて費用の支払いも責任を持って行ってくれるとの前提で対応してくれることがほとんどです。
しかし本来、法的に正当な権限をもってこれらの手続きを行うためには、認知症になった親御さんの代理人が必要です。
親御さん本人が意思表示をすることができない以上、成年後見人等の法定代理人か任意後見人が必要となります。
【家族信託と任意後見を併用した方が良いケース】
上記のような入院手続きや施設入所であれば、家族信託で受託者となった親族が責任を持って手続きをしてくれることがほとんどだと思います。
家族信託契約をする関係ということは委託者(兼受益者)と受託者との間に強い信任関係があることが前提となっているからです。
しかし、たとえ委託者(兼受益者)と受託者との間に強い信任関係があったとしても家族信託契約とあわせて任意後見制度の利用が必要なケースもあります。
- 親の財産に信託できない財産がある場合1
たとえば親御さんが以前から投資用アパートを所有していて銀行のアパートローンを組んでいた場合を考えてみます。
家族信託(民事信託)の本を見ると、「アパートローンがある場合でも借入先の銀行と事前協議をして信託財産とすることができる。」と書いてあったりします。その本に書いてあるとおり、借入先の銀行と事前協議をしてアパートローンが付いたまま家族信託をすることもあるのですが、この場合は、もともとの借主である親御さんの他に受託者である子が債務引受(重畳的または免責的債務引受)をすることになったり、金融機関の審査に長期間を要することになったりします。
またそもそも借入先の金融機関が家族信託(民事信託)に対応していないこともあります。
「家族信託に対応していない金融機関なんて付き合いはこの際止めて別の金融機関と取引をしよう。」と判断するのも1つの選択肢ではありますが、アパートローンが付いている親名義のアパートは家族信託に含めることができないという事態もあります。
このケースで家族信託契約とあわせて任意後見契約を締結していれば親が認知症になった時点で任意後見契約が発効しますから、任意後見契約の中にアパートローン付のアパートの財産管理についての代理権を含めておけば任意後見人として財産管理ができることになります。
任意後見人は契約で定められた後見人ですから、任意後見人としてアパートローンの支払を本人に代わって行うことになります。本人のアパートローンについて債務引受をしたりする必要もありません。
- 親の財産に信託できない財産がある場合2
親御さんの年金受給権は信託財産に含めることができませんから、家族信託契約をする場合でも信託しない財産として親御さんの手元に置いておく異なります。
家族信託契約がスタートして受託者である子がきちんと財産管理をしていく一方、親の年金が振り込まれる銀行口座の残高は増え続けていくかもしれません。
年金が振り込まれる口座の管理は親が認知症になっても子がすることはできないため、振り込め詐欺などのリスクは残ったままになります。
年金を受給していない親御さんはほとんどいないでしょうから家族信託契約を締結するご家族にとってこのリスクは常に考えておく必要があります。
このケースで家族信託契約とあわせて任意後見契約を締結していれば、親が認知症になった時点で任意後見契約が発効しますから、任意後見契約の中に年金が振り込まれる口座の管理についての代理権も含まれていれば、もともと家族信託契約で管理していた信託財産とともに、信託財産以外の本人の財産(年金が振り込まれる口座)の管理も本人のために始めることができます。
このように家族信託契約と併せて任意後見契約を締結しておくことで実際に親御さんが認知症になった場合の財産管理や身上監護を子がすべて責任を持って進めていくことができる体制ができあがることになります。
ただし任意後見契約発効にあたっては家庭裁判所に任意後見監督人を選任してもらい、任意後見人の後見事務を定期的にチェックしてもらう必要があります。
【ポイント】
家族信託さえ準備しておけば大丈夫ではなく任意後見制度との併用が必要な場合がある。